森 信三 運命をひらく 365の金言 29 「仕事に没入」

仕事に没入

 人間も、地位や名誉を忘れ得ぬ間は、いまだ心に隙ありと知るべし。さりとてまた最初から地位や名誉を欲せぬような人間も役に立たず。

 人一倍地位や名誉を欲する人間が、飜身(ほんしん)一転すべてを投げ打ちて、仕事そのものに没入する時、かえって地位や名誉も伴い来ることを常とす。

 ただし現実界ゆえ必然にとはいえず、ゆえに根本の根は、必ず切断し置くを要す。

森 信三 運命をひらく 365の金言 30 「報謝」

報謝

人間は職業に対する報謝として、後進のために実践記録を残すこと。
この世への報謝として「自伝」を書くこと。
そして余生を奉仕に生きることーー
この三つは、人間としての最低の基本線でどうしてもこれだけはやり抜かねばならない。

森 信三 運命をひらく 365の金言 31 「一心決定」

一心決定
 
 自己の進路は、自分ならではやれぬ事、即ち他人の代理のきかぬ事を選ぶべし。他に、いくらでもやり手のある事などは、それらの人々に委(まか)せるが可なり。そして私心を捨てて国家の全体を見渡せば、真に大切なことでありながら、案外見捨てられている処が、見えてくるものなり。自分の利害打算を標準としている間は、それらは見えぬなり。

 自分の利害、損得、適不適等を忘れて、せめて自分の様な者でもこの方面に廻らねば、国家のため心配でならぬというに至って、初めて真に一心決定するなり。

森 信三 運命をひらく 365の金言 33 「牛にひかれて」

牛にひかれて

人間誰しも始めのうちは、牛にひかれて
善光寺詣りなり。
師にひかれ、朋友にひかれて、
お義理に修行の緒につく者多し。
故にまたかかる縁をつくり、
牛を見付けるよう心掛くべきなり。
同時にそのさい、牛はすべからく日本一の
でっかい牛が良し。

森 信三 運命をひらく 365の金言 34 「真の誠」

真の誠

 真実の道は、一体いかにして興るものでしょうか。それには、「自分が道をひらくのだ」というような一切の野心やはからいが消え去って、このわが身わが心の一切を、現在自分が当面しているつとめに向かって捧げ切る「誠」によってのみ、開かれるのであります。

 が同時にそれだけに、この誠の境地には容易に至りがたく、実に至難なことだと思うのです。と申すのも、お互い人間の誠には、「もうこれでよい」ということはないからです。すなわち、「もうこれくらいならよかろう」
と腰を下ろしたんでは、真の誠ではないからです。真の誠とは、その時その時の自己の「精一杯」を尽くしながら、しかも常にその足らざることを嘆くものでなくてはならぬからです。

森 信三 運命をひらく 365の金言 36 「働きは一倍半、報酬は二割減」

働きは一倍半、報酬は二割減

 真に意義ある人生を送ろうとするなら、人並みの生き方をしているだけではいけないでしょう。それには、少なくとも人の一倍半は働いて、しかも報酬は普通の人の二割減くらいでも満足しようという基準を打ち立てることです。

 そして行くゆくは、その働きを二人前、三人間と伸ばしていって、報酬の方は、いよいよ少なくても、我慢できるような人間に自分を鍛え上げていくんです。

 実際人間の偉さというものは、ある意味では働くこと多くして、しかもその受けとるところが少ない処から生まれてくるるとも言えましょう、ですから諸君らも、まず人の一倍半の働きをして、報酬は二割減をもって満足するという辺りに、心の腰をすえてかかるんですね。